エンジニア の 独り言

6dB/oct. vs 24dB/oct.

オーディオ・エンジニアが陥りやすい幻想の中に多いのが、より急峻なスロープで
各ユニットの受け持つ帯域を分割すれば干渉が少なくなり、より良い音質が得ら
れるという考えです。
確かに複数の音源から発せられた音波は干渉しあいますが、逆に全く干渉が無い
と言えるほど急峻なスロープ特性のフィルターを採用したら、どうなるでしょうか。

ボーカルなどでウーファーからホーンへ受け持つ周波数帯域が急に変わったら、
どうなるか、ということを考えてみていただければ簡単な事ですが、急峻なフィルター
では音像が音程によって完全に分かれてしまいますので、一つの音源からの音が
二つに分かれ別々に聞こえてしまうようです。この状態は、非常に不自然ですので、
音のプロでなくても違和感を覚えてしまうのが当然のようです。

実際、ある、デジタル技術では世界の最先端を行くメーカーが36dB/oct.や、それ
以上のスロープのフィルターで試聴したところ、各ユニットが全く別々に鳴っていて、
つながりが非常に悪いシステムになってしまったそうです。結局24dB/oct.に落ち
着き、最終的にはデジタル・フィルターで得られた定数をアナログ・フィルターに
置き換えたアナログのチャンネル・ディバイダーが最も良い音だったそうです。

急峻なスロープのフィルターの最大の欠点は波形の乱れです。
理想的なフィルターなら、一旦分割した信号をミックスすれば元通りの波形になら
なければいけないはずなのですが、クロス周波数帯域では、大きく乱れてしまって
います。正弦波ですら、そうなのですから、実際の楽音のように複雑な波形では
なおさらです。これはオシロスコープと発信器さえあれば簡単に実験できますので、
試していただいた方がよいでしょう。

理論的に、もっとも波形が乱れないのが6dB/oct.のフィルターです。
6dB/oct.ですと最大でも90度の位相シフトしかありませんので、合成波形に乱れは
ほとんど見られません。こう書きますと6dB/oct.が最高だと誤解される方がいらっしゃる
かもしれませんが、実際にこの緩やかなスロープでスムーズな音の合成を空間で実現
するには、クロス周波数から少なくとも2オクターブ、できれば4オクターブはフラットで
なければつながりが悪くなりますので、ユニットにはほとんど不可能に近い特性が要求
されることになり、現実的ではありません。

汎用のチャンネル・ディバイダーに24dB/oct.といった比較的急峻なスロープの物が
多いのは、クロス周波数でカットされつつあるユニットからの音が、本来その帯域を
受け持つユニットからの音に悪影響を及ぼさないようにする必要があるためです。

波形伝送のためには緩いスロープのフィルターが良いと分かっていても、現実的には
電気信号通りのスロープで減衰してくれるユニットなど存在しないのが現実ですので
市販のチャンネル・ディバイダーは急峻なスロープのフィルターにせざるを得ないワケ
ですが、ユニットのロールオフ特性を計算に入れて、フィルターのスロープを調整すれ
ば、ほぼ理想的なクロス・オーバー特性を実現することは可能です。

KOZY STUDIOカスタムのネットワークは、まさにこの設計手法を取り入れ、すべて
ユニットのロールオフ特性とネットワークの減衰特性を測定しながらコンデンサーや
コイルや抵抗の最適な値を決定しています。当然、ホーンからの音はカットオフ周波数
から減衰しますので、そこに6dB/oct.のロー・カット・フィルターを入れますと、実際には
12dB/oct.程度のスロープになり、そこに12dB/oct.でハイ・カットしたウーファーを組み
合わせますと、非常にきれいに位相がつながります。

もちろん、ウーファー側のフィルターも普通のバターワース型ではなく、かなり低い
周波数から6dB/oct.で減衰させた上で、クロスオーバー周波数より少し離れた周波数
から先を比較的急峻に減衰するような特性を持たせており、クロスオーバー周波数付近
の位相の回転は非常に少なくなるような設計になっています。

よく、ローとハイで異なる減衰特性を持たせて位相がずれないのかというご質問をいただ
きますが、あらゆるユニットの周波数特性が変化している部分は、全て位相の回転を
伴っていますので、フィルターによる位相回転だけを取り上げても全く無意味であり、
ユニットとフィルターを総合した特性の方が重要です。

当然のことですが、実際の減衰特性はユニットごとに異なりますので、同じRADIAN
同軸型ユニットでも30cmと38cmでは違う定数になりますし、ウーファーとドライバーと
ホーンを組み合わせる場合はどれか一つでも異なれば、最適な定数は違ってきます。

チャンネル・ディバイダーでもネットワークでも、すべて使用するユニットにあわせて設計
しなければ、まともな特性にならないのは、このためです。測定器がない状態で、マルチ
を組まれている方は、舵の無い船で航海するようなことをされているワケですので、一度
は測定されることをおすすめします。