MJ 無線と実験
1989年8月号

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 19世紀から20世紀にかけてのアメリカ音楽は、コンサートで演奏される機会も少なく、レコードやCDを捜し出すとなるとかなり骨が折れるのが現状です。そんなおり、ラグタイムピアノの演奏家としてアメリカで活躍されている池宮正信氏のリサイタルが静岡でも開かれ、その際に池宮氏の妹の浜本女史から録音を依頼されました。当初はカセットにダビングして会場に来てくれた人達に実費でお分けするという話でしたが、聴衆のほとんどが生のピアノの音を毎日のように聴いているはずとのことで、ピッチや弱音部の再現性に問題のあるカセットではと、急遽CDにすることにしました。

普通、CDにふさわしいクォリティーでピアノを録音しようとすると、小型でしかも高品質のミクシングコンソール、業務用のPCMプロセッサー、専用のUマチックVTRが必要で、機材の総額は簡単に1,000万円を超えてしまいます。しかし、ここ数年来、業務用のDATやコストパフォーマンスの高いデジタルミクサーが発売され、あまりお金をかけないでもクォリティーの高いデジタル録音ができるようになりました。

これまでの民生用のPCMプロセッサーでもかなりのクォリティーで録音できたのですが、残念なことにそれらは交互サンプリングのため、CDのフォーマットにデジタルのまま変換すると左右のチャンネルに約11μsec.のタイムラグが発生してしまいます。また録音時に必ずプリエンファシスがかかってしまうため、音質的にも問題があるようです。さらに根本的な問題として、VTRをポーズにすると同期が外れてしまうため、CD用の編集ができないという点があげられます。

民生用のDATではそういった問題はありませんが、サンプリング周波数が48kHzに固定されてしまっているため、デジタル信号のままCDのフォーマットにするには、サンプリング周波数コンバーターで44.1kHzに変換する必要があります。しかし、このコンバーターにはまだ音質的な問題があるようで、実際に多くのスタジオでも高精度なD/Aコンバーターで一旦アナログにしてから、再びA/D変換したほうがむしろ良い結果が得られているようです。将来的には改善されるかもしれませんが、現時点ではまだ民生用のDATにCD用の録音をするには問題があります。その点、今回使用した機材はフォーマット的にも問題がなく、音質の面でもかなりのレベルに達しています。

マイクはベイヤーのバウンダリーレイヤー型のMPC-50で、動作原理はクラウンのPZMとよく似ていますが、ショップスと同じようにマイクカプセルが反射面に埋め込まれているタイプでそれ自体が陰にならないせいか、高音域がよりフラットで癖がないように感じられます。このマイクをステージの縁から1メートル程度の所にピアノの幅と同じ間隔で設置しましたが、このセッティングではスピーカーの間隔を2〜3メートルにすると、実物大のピアノが再生できます。またこのマイクは両面接着テープで固定しましたが、こうしますと腰のある低音が収音できます。この他に池宮氏自身が解説する声を収音するするために、ラベリア型のワイヤレスマイクが襟元に仕込まれ、レシーバーの出力が会場SRにも分岐されています。マイクの出力はそれぞれインターシティのマイクプリアンプに入力され、MPC-50はここからファンタム電源の供給を受けています。

ここで増幅されたMPC-50からの信号はソニーのPCM-2000のライン入力に入りA/D変換されます。このDATのA/Dコンバーターは同社のPCM-3324AやPCM-3348にも採用されているバーブラウンの2倍オーバーサンプリング型で、ハイカットフィルターがきつくないせいか非常にナチュラルな音質です。もっとも、本機に内蔵のD/Aコンバーターは廉価版のCDプレーヤー並の物でしかありませんので、本機のみで音質評価をしてしまうと本当の良さは分からないと思います。

ところで本機をライン入力で使用していて戸惑うところは、ボリュームをフルアップにした状態で+4dBmの信号を入力しても-20dBmまでしかメーターが振れないことです。これは業務用のPCM機器ではアナログのコンソールの出力の限界がA/D変換の際の0dBm、つまりフルビットになるように設定されているためで、


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