エンジニア の 独り言

ホーンの形状

円形(ラッパ型)ホーン、マルチ・セルラー・ホーン、セクトラル・ホーン、ラジアル・
ホーン、定指向性ホーンなど、ホーンにも色々ありますが、どの形状が音が良く
癖が少ないでしょうか。

答えは意外かもしれませんが、トランペットの開口部のような円形のホーンです。

もちろん、指向性など用途的には使いにくい事もあるので、音の分散角度を広げた
マルチ・セルラー・ホーンが開発されました。しかし、このマルチ・セルラー・ホーン
には重大な欠陥がありました。個々のホーン自体は円を四角にしただけですので
ホーンロードに関してはそれほど問題なかったのですが、周波数によって各ホーン
毎の拡散角度が変化しますので、高音域になるほど八つ手のような指向特性に
なってしまい、聞く位置によって音圧が大幅に異なってしまうため、すべてのエリア
を均一な周波数特性でカバーすることが非常に困難でした。

この欠点をカバーすべく、セクトラル・ホーンやラジアル・ホーンが開発されました。
このタイプはサイドの部分を平面にし、水平方向への拡散角度をムラ無く広げる
ことに成功しました。しかも垂直方向に関してはエクスポネンシャル・カーブを維持
していますので、ホーンロードに関する問題もありませんでしたが、高音域になるに
したがって、激しいビーミングが起き、音軸から外れると急激に高音域の音圧が
低下してしまい、イコライジングで周波数特性をフラットにするテクニックが使い難
いという欠点は残されています。

良く、JBLの[音響レンズ付きショートホーン]についてご質問があるのですが、
1954年に発売されたHartsfield(ハーツフィールド)に採用されたBart Locanthi
(バート・ロカンシー)設計による[H-5039 exponential horn and "Koustical Lens"]
は残念ながら、当時大流行していたKlipschの家庭用コーナー・ホーン・システムに
対するホーン臭いという批評を緩和するために、Harry F. Olsenの著書[Acoustical
Engineering]にも書かれている理論を無視してまで設計されたホーンのようです。
バート・ロカンシーは、TADのコンプレッション・ドライバー4001の設計のために
パイオニアに招聘されたりしたこともある人物で、USAのプロ・オーディオ専門誌でも
意見を求められる重鎮でしたが、日本のオーディオ・マニアにまで「理論は無視して
いるけど、音は良い。」と言われてしまうくらい、AlgisJamesといった純粋な天才とは
違い、時代のニーズに迎合してしまう、ある意味でプラグマティズム的な天才だったの
かもしれません。結果が良ければ理論的裏付けなど要らないというプラグマティズム的
な(USA的な)理論は一瞬の繁栄を謳歌するには充分でも、時代を超えた普遍性に
達するには、全くの子供だましにすぎないようです。一部のファンの方々にはお気の
毒なのですが、ホーンの前に置かれた物は全て邪魔者です。そして、その邪魔者を
取り去ったショート・ホーン自体はホーンロードがまともにかかっていない、中途半端な
ホーンでしかありません。



上の特性表はJBLのドライバーLE85にショート・ホーン+ディフューザーを取り付け
た場合のデータです。インピーダンス・カーブの乱れが物語るように、4kHz以下の
帯域は激しいディップが発生しており、21世紀には相応しくない特性です。
shortとは不足という意味合いもありますが、このデータは、まさにそのことを証明して
いるようです。

これと対照的なのが、ラジアル・ホーンの欠点を改良したホーンです。
下の特性表は田口製作所製のホーンにRADIANの1.4インチ・ドライバー745を装着
した場合のデータですが、インピーダンス・カーブからも判るように、非常にスムーズな
特性が得られています。



高音域はビーミングが発生していないため、定指向性ホーンのようになだらかに
ロールオフしており、ホーン・イコライジングには理想的な特性です。
ホーンのカットオフ周波数以下の帯域もきれいに減衰しており、フィルターを設計
する際も、複雑な等価回路を付加する必要性はありません。



このホーンの特徴はラジアル・ホーンやマンタレー・ホーンのようにスロートの口径
より狭まる所がなく、流体力学的に見ても、音波がスムーズに開口部へと導かれて
行く点にあります。これは1.4インチというスロート径が高音域に対しても大きすぎず
狭めなくても充分広い指向性が確保できるためで、1.4インチというスロート径は
2インチと比べても有利な点があるようです。
材質もABS樹脂によるプラモデルのようなホーンとは別物といえるFRP製で、強度的
にも、非常に優れています。
唯一の欠点はバッフルに取り付けた際、ホーンのフレアがバッフルより出っ張って
しまうことですが、解決方法はあります。
まともなホーン・ロードがかかっていないホーンが氾濫している中、この種のホーン
は貴重な存在と言えるでしょう。


一時期、スミス・ホーンという扇子を広げたような薄いホーンが流行った時期が
ありましたが、このホーンもショート・ホーンと同じ欠陥があります。



上の特性表はJBLオリジナルの2440に2397を装着した時の物で、緑色の線は水平に
30度の位置から測定した場合の周波数特性です。



こちらの特性は、垂直方向に移動した場合のもので、10度、20度の軸上から外れ
るにつれて、高音域のレスポンスも低下しています。



上の特性表はダイアフラムをRADIANの1245ダイアフラムと交換した場合の特性
ですが、700Hz以下の周波数帯域のレスポンスがかなり改善され、本来なら厚み
のあるサウンドが得られるはずが、残念なことに、このタイプのホーンの持つ欠陥で
ある、ホーンロードがまともにかかっていないという弱点が更に顕著になってしまった
ようで、インピーダンスカーブからも読みとれるように、非常に癖のある特性になって
います。
興味深いのは1〜6kHzまでの能率はJBLオリジナルの方が少し高いということで、
一見すると良さそうですが、実際はピーキングのため、煩く感じられるようです。
磁力が弱くなった場合も、ローエンドとハイエンドが下がり、逆に中間の帯域が持ち
上がる傾向がありますので、周波数特性からもユニットの状況を判断することが可能
です。
この特性を見て、300Hzまで使えると思われた方は、要注意です。この特性から
いえることは、2kHz以下は使わない方が無難だということです。
緑の線は正弦波による、特性ですが、ピークとディップの連続であることがお判り
いただけると思います。

定指向性ホーンは比較的最近開発されましたが、このコンセプトは指向性をでき
るだけ周波数に関係なく均一にしようという事です。しかし、指向性を付けるために
ホーンの内壁を平面にする必要があるため、どうしてもエクスポネンシャル・カーブ
を維持できず、まともなホーン・ロードがかからず、まるでメガホンのような音になって
しまうことが多々ありました。しかも完全に定指向性が得られているかというと、開口部
が1m程度もあるホーンですら波長と比較してサイズが小さすぎるために低い方の
周波数では拡散角度が公称値よりかなり広がってしまい、特性的には円形ホーンと
大差ないようですし、水平方向の拡散性を改善するために、50mm口径のスロート
から横幅2〜3cmの縦長のスリット状に横幅を狭めざるを得ないため、流体力学的
にも問題が多すぎるというのが実情のようです。更に、このような巨大なホーンを一般
家庭やPAの現場で使うのは実用的ではないため、やむなく小型化してしまったと
いうケースがよく見られ、それによって定指向特性はますます不完全なものになり、
なおかつホーンロードがまともにかからないという欠陥により、音質が犠牲になって
しまっていますので、不完全な定指向性にこだわるのはあまり得策ではないと思われ
ます。
その結果、現在は定指向性っぽいラジアルタイプのホーンに戻っているようで、
近視眼的に、ひとつのコンセプトだけを重視しすぎた設計の流行も見直されてきて
います。
数年前には、あえて円形ホーンを採用するメーカーも出てくるなど、円形ホーンの
持つスムーズな音が見直されてきているのにも一理あります。もちろん、古典的な
ラッパ型ホーンではスロートから開口部までの距離が長すぎ、高い音がラッパの奥
で鳴っているような悪い意味でホーン臭いサウンドになってしまいますので、全長を
短くし、高音域でビーミングが発生しないように改良されているということが前提に
なります。



上の画像はAH820ですが、このホーンでは、2インチのスロートを全く狭めることなく
エクスポネンシャル・カーブを維持しながら、一般的な定指向性ホーンと同等の指向
特性が得られるように設計されてています。これは、RADIANのドライバーのフェイズ
プラグからスロートまでの距離が短く、最初から拡散性が良いことが可能にした特性
ですが、面白いことに1.4インチ−2インチスロート変換アダプターを使って取り付けた
ALTECの1.4インチドライバーでも、そこそこの指向特性が得られていました。
もちろん、JBLの2インチドライバーとの相性も良く、奥行13cmという設計により、非常
に拡散性が優れ、高音域までスムーズな特性が得られています。
一般的な金属製ホーンはそのままではホーン鳴きがひどいため、デッドニングに苦労
することが多かったのですが、このホーンの場合、開口部が平面になっており、バッフル
や木枠に固定するだけで、金属という感じはなくなり、叩いてみても、まるで岩石を叩い
ているような音しかせず、共振の心配は無用です。
また、金属という材質の性質上、固体伝送のスピード(音速)が速いため、ドライバー
自体の振動も直ぐ取り付けたバッフルなどに伝わり、熱エネルギーに変換されてしまい
ますので、ホーン臭さは微塵も感じられない設計になっています。